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カテゴリ:京都歳時記( 17 )

京都2月歳時記

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日 付         行事名

1(水) 石清水八幡宮・湯立神事
城南宮・節分祭

2(木) 各寺社・節分祭

3(金) 各寺社・節分祭
金閣寺・節分、不動堂開扉法要
伏見稲荷大社・初午大祭
冨田屋・町家の節分の豆まき
天龍寺七福神めぐり

4(土) 京の四季を愉しむ会 冬 『京の新酒の話と節分料理』

5(日) 細見美術館「麗しき日本の美 展」

6(月) 京菓子資料館「龍年の京菓子」展
水尾・柚子風呂

7(火) 十六社朱印めぐり

8(水) 上徳寺・世継地蔵尊大祭
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虚空蔵法輪寺・針供養

9(木) 山科区小山・ニ九(にのこう)

10(金) 京都名流いけばな展

11(土) 阿含宗(あごんしゅう)・阿含の星まつり
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城南宮・七草粥
小倉神社・鬼よけ弓神事
三千院・初午大根焚き法要
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12(日) 京都国立博物館・「中国近代絵画と日本」展

13(月) 京の冬の旅スタンプラリー

14(火) 北野天満宮・梅苑公開
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15(水) 相国寺承天閣美術館・館蔵の屏風絵展

16(木) 京の冬の食文化「食遊菜都」

17(金) 堂本印象美術館・「印象のまなざし -都市と自然-」展

18(土) 高台寺・冬の夜の茶会『夜咄』
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19(日) 京都市交響楽団 第554回定期演奏会
八幡神社・厄神祭

20(月) 定期観光バス特別コース

21(火) 京都「千年の心得」
上賀茂神社・燃灯祭

22(水) 枝垂梅と椿まつり
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23(木) 醍醐寺・五大力尊仁王会
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積善院準提堂・五大力尊法要

24(金) 上賀茂神社・幸在祭(さんやれまつり)
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25(土) 北野天満宮・梅花祭
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26(日) 金剛能楽堂、京都観世会館・定期能
京の郷土芸能まつり

27(月) 京の冬の旅 非公開文化財特別公開

28(火) 京の花紀行・梅の香めぐり
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29(水) 樂美術館「京の粋 樂家初春のよそおい」


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by taoya3 | 2012-01-31 09:35 | 京都歳時記

2012年京都1月歳時記

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日 付 行事名
1(日) 平安神宮・初詣
若水祭
心経祈祷修正会(しゅしょうえ)
皇服茶(おうぶくちゃ)
地主神社・初大国祭
狸谷山新年祈祷祭
建仁寺両足院・新春特別拝観
松の内と稽古始め

2(月) 筆始祭・天満書(てんまがき)
修正会
釿始め(ちょうなはじめ)

3(火) かるた始め
金剛流謡初式
歌がるた

4(水) 蹴鞠初め
お鏡開き
箸紙とり

5(木) 八千枚大護摩供
初寅大祭
新年竟宴(きょうえん)祭
釿始式
大山祭
初県祭
雅風展

6(金) 伏見五幅めぐり
京の底冷え

7(土) 白馬奏覧神事
花街始業式
七草粥と歳徳神
七草粥の振る舞い
若菜節句祭
アカマツ

8(日) 寒中托鉢
京都観世会館・京都観世会例会
吉祥文
下鴨神社・初大国

9(月) 祇園のえべっさん
新熊野神社・左義長(さぎちょう)神事
泉涌寺七福神めぐり

10(火) 初ゑびす
初金比羅
お多やんの飴

11(水) 御正忌報恩講

12(木) 奉射祭

13(金) 日展(京都展)

14(土) 裸踊り
御棚会(みたなえ)

15(日) 初六阿弥陀めぐり
平岡八幡宮「左義長(とんど)祭」
御粥神事
厄除大祭
どんと焼と小豆粥
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楊枝の御加持と弓引初め
御弓の神事

16(月) 武射神事
直径約1.8メートルの的の裏に「鬼」と大書きされていて、悪鬼退散を願い、息災を祈願します。
大的式弓射引始め神事とも言われ、平安時代に始まった神事。
烏帽子に狩衣姿の神職達が御幣殿前の芝にて、
40メートル離れた的を射るもので、迫力満点です。
武射とは「歩射」から転じたもので、
馬に乗らず矢を射るのでこの名がつけられています。
これだけ広大な場所での弓の神事はあまりないので、ゆっくり見物できるのが魅力。


17(火) 初観音詣
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年明けお初の、観音さんの微笑みを見て、一年のやる気を頂きましょう。
清水寺・行願寺・新熊野観音寺・六波羅蜜寺・六角堂・法厳寺の観音詣りです。



18(水) 京の冬の食文化「食遊菜都」

19(木) 疫神祭
八坂神社の境内に疫神社というお社があります。
この日の早朝に竹の芯の茅の輪を鳥居に据え、粟餅をお供えします。
その由来は、八坂さんの祭神・すさのおのみこと(素戔嗚尊)が南海を旅していた際に、
巨旦将来に一晩泊めてもらえないかと頼みましたが断られ、
弟の蘇民将来に迎えられ、粟餅でもてなされました。
みことは蘇民に対してのお礼に、
悪疫が流行しても茅の輪を腰に下げれば悪疫除けになると告げました。
そのため、蘇民一家は無事であったという故事によるものです。
参詣した際にはぜひ輪をくぐって罪や汚れを祓い、今年一年の健康・安泰をお願いしましょう。



20(金) 湯立神楽
骨正月
二十日講

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21(土) 初弘法
今年もさぞかしにぎわうことが予想されます。
宗祖弘法大師の命日に当たり、大師堂で御影供が営まれ、千数百件もの露店が立ち並びます。
東大門から九条大路に面した南大門にかけては植木市、大門を入ると古道具類、
金堂や大師堂周辺では食べ物や生活用品など、ジャンル別に並んでいます。
年によっては蛇の薬売りなど大道芸を見ることができたりしますが、今年はどうでしょう?


京の三弘法めぐり
寒中見舞いの笹がれい

22(日) 樂美術館「京の粋 樂家初春のよそおい」
金剛能楽堂・定期能

23(月) 十六社朱印めぐり
16の神社を年頭に参拝することで、1年間のあらゆる御利益が得られるそうです。
数が多いので大変ですが、期間中全ての朱印を受けると記念の干支置物がいただけます。

■場 所: 今宮神社、わら天神(六勝稲荷神社)
上御霊神社、春日神社
六孫王神社、市比売神社
岡崎神社、熊野神社
若王子神社、豊國神社
粟田神社、新熊野神社
吉祥院天満宮、藤森神社
御香宮神社、長岡天満宮(長岡京市天神)
■期 間: 1/1~2/15(※毎年同じ日程です)

24(火) 京都国立博物館・「中国近代絵画と日本」展

25(水) 初天神
菅原道真公のご縁日。
初天神とあって、例年約1000余りもの露店がならびます。
京都では、弘法さんと並んで2大市ですが、ちまたの噂では、
天神さんと弘法さんは天気が逆になるともささやかれているそうです。
書き初めの展示会、この日限りの宝物殿の社宝公開もあります。



26(木) 堂本印象美術館・「印象のまなざし -都市と自然-」展

27(金) 細見美術館・華麗なる京蒔絵 -三井家と象彦漆器-

28(土) 初不動
狸谷のみ放題という、青竹に入れた、ガン封じの笹酒の接待があります。
狸谷不動院は桓武天皇勅願の不動尊を安置したのがはじまり、
縁日にはたくさんの参詣者でにぎわいます。
厄除け大護摩供で家内安全・商売繁盛を祈願。
笹酒(おかわり自由)はここの護摩火で温めたものだけに霊験もあらたかなのだとか。

■場 所: 狸谷山不動院
■時 間: 大護摩供養:11時~
笹酒接待:9~16時


29(日) 小豆粥の会

30(月) 「京の冬の旅」キャンペーン

31(火) 冨田屋・町家のお正月「歳徳神」

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by taoya3 | 2011-12-31 09:11 | 京都歳時記

吉野太夫花供養・常照寺


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常照寺は、日乾上人に帰依した吉野太夫ゆかりの寺として知られ、太夫の墓や太夫が寄進した「吉野の赤門」と呼ばれる山門、吉野窓(茶室)、吉野桜も有名。

寺の始まりは元和2年(1616)、本阿弥光悦の子・光嵯が発願し、本阿弥光悦の寄進した土地に日蓮宗中興の寂照院日乾上人を招じて開祖。

寛永4年(1627)には僧達の学問所として鷹峰壇林(学寮)を開設。往時は大小の堂宇が建ち並び、山城六壇林として栄えたが明治に廃止されている。

赤い山門は「吉野門」とも呼ばれているが、名妓2代目吉野太夫の寄進。

寛永5年(1628)、日乾上人に帰依した吉野太夫(23歳の時)が、私財を投じて山門を寄進したもの。

太夫は、都の六条三筋町(後の島原)に在った廓の名妓で、遊女としての最上位にあたる太夫。

教養が高く、和歌、連歌、俳句、書、茶道、華道、音曲、囲碁、双六など諸芸に優れていただけでなく、その美貌は遠く唐(中国)にまで伝わっていたという。

当時の上流社会の社交場の花であった太夫は、京の豪商で文化人でもあった灰屋(佐野)紹益に見初められることとなった。

しかし、身請けしようとした紹益の親は猛反対。

その後、吉野太夫に会った親は、身請けを許している。この二人のロマンスは、歌舞伎などでも演じられ有名。

なお、吉野は38歳という若さで病死してが、日乾上人に帰依し、生前には山門を寄進した縁もあり、この寺に葬られたもの。



吉野太夫とは


江戸時代の初期、京の遊郭で天下の名妓とうたわれていたのが二代目吉野太夫。

常照寺の朱色の山門には「吉野門」の名札が掛けられているが、その吉野太夫の寄進により建てられたものである。

太夫は日頃から熱心な法華経の信者。

ある日、人として生きる道を仏法に求めようと日乾(にちけん)上人を頼って常照寺へ訪れ「法華経こそ一切女人成仏の印文なり」と導かれた太夫は、日乾上人への帰依の証しとして私財を投じて山門を寄進したのである。

二代目吉野太夫は、慶長11年(1606)3月3日、京都市東山区にある現在の国立京都博物館近くで生まれている。

本名を徳子といい、父は松田武左衛門で西国の武士であったが流浪のすえ京に住んでいた。

7歳(1613)のとき父が亡くなり、訳あって六条三筋町の遊里「扇屋」に預けられることになった。

最初は禿(かむろ)として太夫などの雑女をしていたがその時から美しさは際立ち、遠く唐(中国)の国にまで知れていたという。

14歳の若さで太夫の位について源氏名を「浮舟」としたが、遊郭の入口近くに咲く桜を見て詠んだ句から名を「吉野」にかえている。

当時の太夫は、容姿が整い美しいだけでなく、一流の教養や芸能を身につけていなければならず、それだけに太夫の力は絶大だった。

二代目吉野太夫は、書画、和歌、俳歌、花道、茶湯、聞香、太鼓、鼓、琴、三味線、囲碁、双六など諸芸に優れ「三筋町七人衆の筆頭」「寛永三名妓」などと呼ばれ呼ばれていた。

こうした才色兼備の名妓吉野に思いを寄せ、通い続けた男が二人。

その二人とは、京の町を代表する文化人、関白の近衛信尋と本阿弥の親戚にあたる灰屋紹益(本名佐野三郎重孝といい、剃髪して紹益と号した)であった。

紹益は、もともと本阿弥光益の子であったが養子で佐野家にいった。

家業が南北朝時代からの紺灰(藍染に使用する灰)問屋を営むことから、屋号が通称になって灰屋紹益と呼ばれていた。

富商であった財力をもとに生涯を趣味と雅やかな生活を楽しみ、和歌、茶の湯、蹴鞠などに秀でていた。

紹益は、公卿と張り合い、寛永8年(1631)千三百両で吉野太夫を身請している。

吉野26歳の時であったという。

このとき紹益は親の許しが得られず駆け落ちした話は有名。

この父が、雨にあって傘を借りに入った家で、世話をしてくれた女の茶立てやその他の振る舞いが礼にかなっているのに感服、その女が吉野であることが分って、勘当をゆるしたという。

二人は東山の音羽川のほとりに住まいを構え幸福な家庭を営んだ。

寛永20年(1643)8月25日、吉野は38歳の若さで没し、甘い生活はわずか12年間と短く、紹益は恋慕のあまり吉野の荼毘の骨灰を呑みほし、「都をば花なき里となしにけり吉野の死出の山にうつして」と詠んだ。

吉野は、本来なら夫の菩提寺である立本寺(りゅうほんじ)に葬られるはずだが、遺言から帰依した日乾上人により生前に山門を寄進した縁もあり、常照寺に葬られた。


4月19日

拝観料: 当日券5000円(8時半~受付)、前売券4500円


アクセス

市バス「鷹ヶ峰源光庵前」下車、徒歩約2分

【JR嵯峨野線「二条駅」から6号系統、又は市地下鉄烏丸線「北大路駅」(北大路バスターミナル)から北1〔仏教大学前系由〕系統のいずれか】。

拝観時間

8:30~17:00

拝観料

300円

住所

京都市北区鷹峰北鷹峰町45

電話

075-492-6775


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by taoya3 | 2009-04-17 08:52 | 京都歳時記
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清水寺舞台の北隣にある恋の神様です。

素敵なご縁を授かって、季節だけでなくハートにも春を呼びたい方へ朗報!縁結びの神様恒例の春の行事です。

古来より謡曲や詩歌などで知られた地主権現のさくら祭では、白川女による地主桜の献花・献茶や、謡曲「田村」「熊野(ゆや)」披露の後、俳句の朗詠や縁結び祈願などが行われます。

参拝者全員に平和開運御守りが無料で配布されます。

また有名な地主桜は八重と一重の花を同時に付ける珍しいもの。

付近では最も遅く開花し、黄桜と共に見応え充分です。


日本の神様  ~宮司・中川 平~

日本の神さまは八百万の神として知られ、宇宙・世界・森羅万象のすべてのものに神が宿るという考え方であります。

日本の神さまは、太陽・月・山・川・森・岩・石すべてに神霊が宿り、人間に幸福を与えてくださると考えたのです。

特別な教義というより、自然・宇宙・世界=神の存在と考えたのです。

人間もこの地球上に、他の一般生物同様に生かされて今日に至ったのであります。

地主神社の歴史は遠く神代に及ぶといわれ、東山の宝来山不老長寿の霊山に鎮座されています。

近年、ニューヨークの原子物理学者ボースト博士の研究によれば、地主神社の創建は縄文時代、約1万年前だということが、恋占いの石の測定で実証されました。

古代の人々は、太陽・月・山・川・森・岩石などを神と仰ぎ、感謝の毎日を送っていたに違いありません。地主神社は土地の守り神でもあります。

この地上における人間の営み、人と人との出会い、男女の縁、親子の縁、商取引の縁、学校の縁…などを考えれば、人間の出会いによって幸福な人生を送る人もあれば、不幸な一生を送る人もあります。

心の安らぎ、心の平安こそ大切なことです。

宇宙自然という無限の神から、人間へのありがたいメッセージ・贈り物を授かり、生かされている日々に、感謝の念を忘れてはなりません。

毎日の感謝の祈りこそ大切なことです。

老若男女を問わず、毎日たくさんのご参拝の皆さまをお迎えして、神明に奉仕する喜びを感謝いたしております。

最近は、アメリカ・ヨーロッパ・中国などの人々でも、神道を理解する方々が増えてきました。

ニューヨークからわざわざ御礼に来られる方もあり、日本の神さまは全世界の人々の幸福、世界の平和、友好親善にもご利益を日々お授けくださいます。

愛と平和の社会をめざし、神道の精神が世界のすみずみまで広がることを願っています。




今月の宮司の言葉


平成21年4月「御車返しの桜」「えんむすび祈願さくら祭り」「白川女」



春爛漫の頃となりました。

吉田兼好は『徒然草』で江戸時代の桜の見頃を次のように予想しましたが、今年は暖冬だったせいか桜の開花もずいぶん早いようです。

   花のさかりは…(中略)…立春より七十五日、おほやうたがはず。(『徒然草』)
   (桜の花盛りは、立春から七十五日目でだいたい違いない)

もともとお花見は、神様といっしょに美しい花を愛でながら春の訪れに感謝し、豊作を祈願する儀式でした。

桜の咲き方を見て農事を始めることも多く、次のような歌も詠まれています。

   あしびきの山の桜の色見てぞをちかた人も種はまきける(紀貫之)
   (山の桜が咲いたのを見て、あちらの人も種をまいたのだなあ)

山に自生していた桜を宮中に植え、その花の下で詩や歌を詠む宴を催したのが嵯峨天皇です。

それが記録に残る最初のお花見とされ、以来、貴族たちの間でお花見が盛んに行われるようになったそうです。

地主神社には、そんな嵯峨天皇もご覧になったという「御車返しの桜」とも呼ばれる地主桜があります。

一本の桜の木に一重と八重の花をつけるというめずらしい桜で、謡曲「田村」「熊野」でもその美しさが讃えられています。

   それ花の名所多しといへども…(中略)…地主の桜にしくはなし(謡曲『田村』)
   (花の名所は数多くあるけれど、地主の桜に勝るものはない)

4月19日の「えんむすび祈願さくら祭り」では、ゆかりの謡曲「田村」「熊野」を奉納いたします。

また、地主桜は、京に都があった頃には“白川女の花使い”によって禁裏御所にも毎年献上されていました。

さくら祭りでは、この白川女による献花式もとりおこないます。

   この花の一節(ひとよ)のうちに百種の言(こと)ぞ隠(こも)れるおほろかにすな(『万葉集』)
   (この桜の枝には多くの言葉がこもっています。だから、おろそかにしないで)

桜の一枝に手紙を添えて、恋人に贈った歌です。

咲き誇る桜に募る恋心を重ねたのでしょうか。

地主神社では地主桜をはじめ、この頃にはツツジや牡丹、小手毬なども美しい花を咲かせます。

どの花も春の息吹にみち、神様のお力があふれています。

どうぞそのご利益を授かりにご参詣くださいませ。おしあわせに。




毎月第一日曜日の「えんむすび地主祭り」でも「縁のふしぎ」など宮司のお話がございます。



地主桜

一本の木に八重と一重の花が同時に咲く珍しい品種。嵯峨天皇行幸の折、地主の桜のあまりの美しさに、三度、御車をお返しになった故事より、別名「御車返しの桜」とも呼ばれる。

京に都があった頃は、『白川女の花使い』によって、毎年禁裏御所にもこの桜が届けられた。

現在の地主桜は、円山公園のしだれ桜等の桜守として知られる、佐野藤右衛門(考証:井上諍蔵)によって献木された。

さくら祭りの頃、背後の黄桜(ウコンの桜)と共に満開となり、その気品と風格のある美しさで境内は華やぐ。



アクセス

市バス206「清水道」

料金: 清水寺の入山料300円

お問合せ: 075-541-2097


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by taoya3 | 2009-04-14 11:29 | 京都歳時記

葵祭

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皐月の京都を彩る葵祭は上賀茂・下鴨両神社の例祭で、祇園祭・時代祭とともに京都三大祭に数えられています。

葵祭りは平安時代から盛大に行われており、その盛況ぶりは「源氏物語」をはじめ、多くの古典に伺うことができます。

6世紀の中頃、欽明天皇の頃に凶作が続いたので、賀茂神の祟りを鎮めるため、4月吉日に鈴をつけた馬を走らせて、五穀豊穣を祈ったのが始まりと伝えられています。

現在の祭は、三日に下鴨神社で前儀として行われる流鏑馬神事に始まり、五日の歩射神事、5月4日の斎王代御禊の儀、12日に神霊を迎える御蔭祭、同日深夜の御阿礼神事と続き、15日の葵祭となります。

15日の早朝、御所に参集して御祭文・御幣物を拝受する宮中の儀が行われ、そのあと午前10時半頃、参加者約511名、牛馬約40頭、先頭から最後尾まで約1キロに及ぶ行列が御所建礼門前を出発します。

行列は、警護の武官や白丁・勅使などの文官・武官や女官など、平安時代の装束をつけ、王朝風俗をしのばせる優雅なもので、第1列(検非違使・山城使)、第2列(御幣櫃・馬寮使・牛車)、第3列(舞人・近衛使)、第4列(陪従・内蔵使)、斎王代列(斎王代・女人)からなる。

正午前に下鴨神社に到着すると社頭の儀があり、東遊や走馬などが行われたあと、午後には再び祭列をととのえて上賀茂神社へ向かい、午後3時半頃に到着します。

今でも参加者は葵をかざし、また家々にも葵を掛ける風習があります。


祭の起源

古墳時代後期の欽明天皇(540 ~571年)のとき、凶作に見舞われ飢餓疫病が流行したため、天皇が勅使をつかわし「鴨の神」の祭礼を行ったのが起源とされている。

上賀茂、下鴨両神社の例祭で、祇園祭、時代祭とともに京都の三大祭に数えられている。


名前の由来

牛馬にも葵の葉

祭の当日(5月15日)、内裏神殿の御簾(みす)をはじめ、御所車(牛車)、勅使・供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉と桂の小枝で飾ったことからきている。



祭の特徴

かつては「勅祭」
 装束の着付け、調度など平安期の文物風俗を忠実に保っている。

本来、勅使が下鴨、上賀茂両神社で天皇の祝詞を読み上げ、お供えを届けるのが目的の祭りで、天皇が京都にいたときは、行列の飾り馬と出立の舞を見学したりしていた。

行列は路頭の儀といい、長さ約1kmにも及ぶ。行列が上鴨神社、下鴨神社に到着すると、勅使の御祭文の奉納、東遊舞の奉納など社頭の儀が神前で行われる。


歴史


中世には衰微

平安時代中期には、「祭り」といえば葵祭をさすほど隆盛を極めたが、鎌倉、室町時代には衰え、戦乱期に入ると行列は姿を消してしまった。

江戸・元禄期に再興されたが、明治2年の東京遷都で行列は中止となった。

政府の京都活性化策として明治17年に復活したが、第2次大戦で中止され社頭での神事だけが続けられていた。

戦後、行列が巡行するようになったのは昭和28年からで、斎王代の登場は同31年から。



知識

・保存きかないアオイ

平安遷都後の大同2年(807年)、飾り草として使ったのが最初。

正式名はフタバアオイで、淡紅紫色のかわいらしい花をつける。

山の清流のほとりや深い杉木立のなかに自生しており、水の汚れを極端にきらう。

長く保存ができないため、祭に必要な約1万本のアオイを納入期限の4、5日前のうちに一気に採取しなければならない。


・牛車にも高級車

牛車にもいろいろあって、最高級車は唐車。

葵祭では勅使用の牛車がそれにあたる。

斎王代用は八葉車と呼ばれる少し位の下のもの。

昔は牛車で社参していたが、今は乗っていない。

外見の優雅さとは裏腹に乗り心地は、はなはだ悪く、車酔いも起こしかねないそうだ。


・女の闘い、車争い

「源氏物語」の「葵の巻」に、斎王列見物にでかけた葵の上と六条御息所の車争いがある。

いまをときめく光源氏の正妻、葵の上と、源氏の愛がさめた御息所の衝突。

御息所の車は見物の列からハジキ飛ばされる。気のすまない御息所のうらみは生霊となって、やがて葵の上にとりつく。


・豪傑もグウグウ

葵祭の翌日、斎王列が帰るというので、頼光四天王で名高い坂田公時ら3人が見物に。

でも、馬では野暮だし徒歩では人目がある。

「牛車で見物としゃれ込んでは…」。

1人の提案に全員が同意。早速に出かけたが、慣れない車にゆられて強者も車酔い。

車の中でグウグウ、スウスウ。目を覚ましたときは、行列は過ぎたあとで、文字どおり、あとの祭り。

(「今昔物語」巻ニ八ノ二)

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by taoya3 | 2009-04-12 17:05 | 京都歳時記
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葵祭の神事は5月の間中、約1ヶ月に渡って執り行われています。

春季京都非公開文化財特別拝観の期間中(4/26(土)~5/6(火) )は、上賀茂、下鴨両神社にて、神宝や社殿等が公開されています。


3/16(日) 葵祭に奉納する賀茂なすの豊作を祈る祈願祭 生産者が賀茂なすの苗を本殿に供え、5月半ば~8月半ばの収穫に向けて毎年祈願しています。

4/2(水) ・京都御苑 葵祭の有料観覧席券の予約受け付け開始

4/14(月)平安会館  葵祭のヒロイン・斎王代の発表 2008年度の斎王代は…!? →京都新聞H.P

4/17(木) 櫟谷七野(いちいだにななの)神社   斎王代が献茶 斎王代は、下鴨、上賀茂両神社を参拝した後、上京区の櫟谷七野神社で両親と共に神職からお祓いを受け、茶と玉串を神前に供えます。

同社周辺には平安~鎌倉時代に、賀茂社に奉仕する斎王や女官が暮らした広大な斎院があったといいます。

4/29(火・祝) 「葵使」の行列

5/1(木) 競馬会足汰式

5/3(土・祝) 流鏑馬神事、賀茂祭騎射

5/4(日・祝)端午の節句祭、古武道奉納 ・古武道奉納(日本各地、外人も交えた十二余流派によって勇ましい古武道が奉納される。

珍しい古武道を直接観る事ができます。午後から。)

5/4(日・祝) 斎王代女人列御禊神事

5/5(月・祝) 更衣祭(非公開)、歩射神事、(14時~)なぎなた奉納、詩吟奉納、鳴弦暮目神事、少年剣道奉納

5/5(月・祝) 競馬会神事

5/7(水) (10時~)献茶祭 ・(武者小路・表・裏三千家交互の奉仕で行われ、境内では副席、野点、点心等の席が設けられています。)

5/10(土) 献花祭 ・(遠州宗家一門が神前に生花(木もの)を供えます。門弟も参列して年に一度、鴨の大神を慰める前儀です。)

5/12(月) 御蔭祭

5/12(月)御禊の儀、御掃除祭、神御衣献進祭、御阿礼神事
・御禊の儀(神職一同が境内橋殿にて身を清めます。15時~)
・御掃除祭(賀茂祭を迎えるため、本殿内を清めます。15時~。非公開)
・神御衣献進祭(御神服を冬服から夏服に更衣する為、献進するお祭り。15時~。非公開)
・御阿礼神事(当神社祭儀中、最古で重儀の秘儀。15時~。非公開)

5/14(水) (10時~)びわ湖堅田供御人行列・鮒奉献式

5/15(木) 葵祭(賀茂祭)

5/17(土)(10時~)献茶祭 賀茂祭終了後、表・裏両千家家元が隔年奉仕で、神前に濃茶と薄茶を捧げます。

また、境内の副席には参拝者がお茶を頂きます。

5/18(日)(10時~)煎茶献茶祭 葵祭りをしめくくる神事。

小川流家元が白磁、白泥の道具で厳かに一煎を入れ、東・西両御祭神に煎茶を捧げます。

境内に設けられた煎茶席と玉露席で、列席者らは煎茶を接待されます。)

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by taoya3 | 2009-04-09 13:55 | 京都歳時記
京都三大祭のひとつで、源氏物語にもその華やかさが描かれている葵祭。
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平安絵巻のような写真を撮りたい人や、ゆっくり座って観たい人には、有料観覧席をおすすめします。
予約はインターネットでも同時に開始されます。

また、京都御苑席は、JTB、KNT近畿日本ツーリストの各支店(店頭での直接販売:販売時間は店舗により異なります)でも購入可能です。

なお、e-kyotoではプレゼントコーナーにて観覧席の無料招待券を予定しています。

e-kyoto葵祭特集へ

(日程)予約受付:4/7(火)9時~ 葵祭:5/15(金)

(場所)京都御苑(建礼門前南側。行列通過は10時半頃)または下鴨神社参道(行列通過は11時40分頃)

(料金)1席2,000円(全席指定・パンフレット付)

(お問い合わせ) 075-752-0227(京都市観光協会)
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by taoya3 | 2009-04-07 15:23 | 京都歳時記