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京都昔語り[絵馬]

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猿曳に絵馬

夜な夜な田畑荒らす

金網に覆われた猿曳の絵馬

京都市伏見区・御香宮神社

 境内にわき出る名水「御香水」をくみに訪れる人が絶えない御香宮神社。

拝殿の東にある絵馬堂に入り、天井付近を見上げると、猿曳(さるひき)の様子を描いた絵馬が飾られている。

猿曳は、今でいう猿回しのこと。

絵馬は横約二・五メートル、縦二メートル。

鳥居のそばで芸を披露する帽子姿のサルなどが、レリーフのように立体的に彫られている。

図柄の内容については、江戸時代の名所記「京童跡追」などから今に伝わる。

ある日、諸国を巡っていた猿使いが、同神社にたどり着いた。

疲れと空腹のあまり、息も絶えかけていたところ、肩に乗っていたサルが駆け出し、神前にわき出る水を両手ですくい、主人の口にそそいだ。

すると、猿使いは夢中になって飲み出し、香り高い水の味わいにたちまち元気になり、「これは神の力に違いない」と一曲を舞って感謝を示した、という。

「いわゆる、霊水神話の一つ」と三木善則宮司(六二)は説明する。

絵馬は江戸時代の一六四六年、願主後藤庄兵衛、作者前田六之丞として奉納されたとされる。

伝説と奉納、どちらが先かは定かではない。

現在は金網がかぶせられている。

「これにもいわれがあってね」絵馬の奉納後、近くで夜な夜な作物が荒らされる事件が相次いだ。

たまりかねた住民たちは夜の番を続けた。

ついに、夜陰に紛れて田畑を荒らす一匹のサルを見つけ出し、住民が手にしていた鎌で切りつけたが、サルは逃げてしまった。

すると翌朝、絵馬のサルの腕がなくなっていた。

金網は、絵馬からサルが抜け出さないようにかぶせられたそうだ。

三木宮司は「絵馬の出来の良さから生まれた伝説だろう」と推測する。

その完成度の高さは、江戸時代に活躍し、落語や講談の題材でも知られる伝説的な彫刻師左甚五郎が作った、と誤って伝えられるほどだった。

大きなヒノキ材で組み上げられた絵馬堂には、馬や武士などが描かれた大小百数十枚の絵馬が残る。

「かつてはいろんな絵を楽しめる、まちのギャラリーのような場所だったのだろう」と三木宮司。

人が集い、優れた作品があるところから、さまざまなうわさや物語が生まれるのは、今も昔も変わらない。
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by taoya3 | 2007-05-19 10:44