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知恩院・七不思議とは・・・・・

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知恩院

七不思議とは・・・

鴬張りの廊下

御影堂から集会堂、大方丈、小方丈に至る廊下は、全長550メートルもの長さがあります。

歩くと鶯の鳴き声に似た音が出て、静かに歩こうとするほど、音が出るので「忍び返し」ともいわれ、曲者の侵入を知るための警報装置の役割を担っているとされています。

また鶯の鳴き声が「法(ホー)聞けよ(ケキョ)」とも聞こえることから、不思議な仏様の法を聞く思いがするともいわれています。

白木の棺

三門楼上に二つの白木の棺が安置され、中には将軍家より三門造営の命をうけた大工の棟梁、五味金右衛門夫婦の自作の木像が納められています。

彼は立派なものを造ることを心に決め、自分たちの像をきざみ命がけで三門を造りました。

やがて、三門が完成しましたが、工事の予算が超過し、夫妻はその責任をとって自刃したと伝えられています。

この夫婦の菩提を弔うため白木の棺に納めて現在の場所に置かれ、見る人の涙を誘います。


忘れ傘

御影堂正面の軒裏には、骨ばかりとなった傘がみえます。

当時の名工、左甚五郎が魔除けのために置いていったという説と、知恩院第32代の雄誉霊巌上人が御影堂を建立するとき、このあたりに住んでいた白狐が、自分の棲居がなくなるので霊巌上人に新しい棲居をつくってほしいと依頼し、それが出来たお礼にこの傘を置いて知恩院を守ることを約束したという説とが伝えられています。

いずれにしても傘は雨が降るときにさすもので、水と関係があるので火災から守るものとして今日も信じられています。


抜け雀

大方丈の菊の間の襖絵は狩野信政が描いたものです。

万寿菊の上に数羽の雀が描かれていたのですが、あまり上手に描かれたので雀が生命を受けて飛び去ったといわれています。

現存する大方丈の襖絵には飛び去った跡しか残っていませんが、狩野信政の絵の巧みさをあらわした話といえるでしょう。

大杓子

大方丈入口の廊下の梁に置かれている大きな杓子です。大きさは長さ2.5メートル、重さ約30キログラム。

このような大杓子はあまりないところから、非常に珍しいものとしてこんにちでも拝観の方が見上げます。

伝説によると三好清海入道が、大坂夏の陣のときに大杓子をもって暴れまわったとか、兵士の御飯を「すくい」振る舞ったということです。

「すくう」すべての人々を救いとるといういわれから知恩院に置かれ、阿弥陀様の慈悲の深さをあらわしています。




三方正面真向の猫

大方丈の廊下にある杉戸に描かれた狩野信政筆の猫の絵で、どちらから見ても見る人の方を正面からにらんでいるのでこの名があります。

親猫が子猫を愛む姿が見事に表現されており、親が子を思う心、つまりわたしたちをいつでもどこでも見守って下さっている仏様の慈悲をあらわしています。


瓜生石

黒門への登り口の路上にある大きな石は、知恩院が建立される前からあるといわれ、周囲に石柵をめぐらしてあります。

この石には、誰も植えたおぼえもないのにこの石から胡瓜のつるが伸び、花が咲いて、瓜があおあおと実ったという説と、八坂神社の牛頭天王が瓜生山に降臨し、後再びこの石に来現し一夜のうちに瓜が生え実ったという説とが伝えられています。

また石を掘ると、二条城までつづく抜け道があるとか、隕石が落ちた場所であるとか、様々な話が言い伝えられている不思議な石です。
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by taoya3 | 2008-01-12 20:46